その時、見つめ合うもの

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 当然だ。部屋の中には誰もいないのにでもはっきりと声が聞こえるこの異常事態。 「ここだよ」  部屋の真ん中に黒い影が浮かび上がった。それは私が良く知る死神の姿そのものだった。 「これは幻なんだよねえ。でも、まあ、死神さん? ああ、お迎えに来てくれたんだ?」 「お迎え? 誰を? 君を? どうして?」 「どうしてって……。私、これから死ぬし」 「それはわかる。死のうとしているんだろう。でも、まだ死んでない」 「だから、私は死ぬんだから死神のあなたが迎えに来たんでしょう?」 「ははは」  部屋の真ん中にいる黒い影は小さな膨張と縮小を繰り返した。私の事、笑いやがったのだ。 「不治の病や不慮の事故による死でなら、そうするがね」 「もういいわ。幻相手に噛みあわない会話してても意味ないし」 「これから君がする事のほうがよほど意味がない」 「けっこうな事じゃないの。意味をなくすのよ。もうかまわないで。消えてちょうだい」 「直接そういう行為をする事はない。一度死んだ気になればいいだけだ。それで何事も簡単に過ぎ去っていく」  今度は私が笑った。 「あはは。そうね。死んだつもりになれば何でもできる。よく言われる事だわ。さすが幻覚」  続けてそいつを指さして言ってやった。 「死は平等に誰にでもやってくるのだから、その時まで精一杯生きればいいのよね」 「その通り」  わかりきった返答だった。
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