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 まるで空の天水桶の底にひびでも入ってしまっているのじゃないかと思う程、来る日も来る日もびしゃびしゃと雨が降り続き、梅雨時とは言え、前に日の光を拝んだのは一体いつの事だったかしらと人々が首を傾げるくらいの長雨だった。  本所は新開地で、水の出やすい土地柄だったから、こう雨が続くと忽ち道がぬかるんだ。まだ川が溢れるような騒ぎにはなっていないが、道行く人々の顔色は冴えなかった。  日が暮れて、まだ暮れきらぬ、いわゆる逢魔が時。  一人の屋敷中間が、そこを通りかかったのは、ほんの偶然だった。  いったい、中間というものは、武家屋敷に仕え、様々な雑務に従事する者であるから総じて気が強く、一歩間違えば、やくざ者と変わらぬと言われるくらいに荒っぽい者も多い。  だから、雨の中、道の真ん中に座り込む、その異様な姿を見ても、さして恐れはしなかった。 「おい、てめえ、こんな所で何してやがる?」  邪魔だ、という思いの方が強かったが、それが哀れな老人や、いたいけな子どもが物乞いでもしているものならば、幾何かの銭を恵んでやろうぐらいの仏心も持ち合わせてはいた。  しかし――  顔を拝んでやろうと、傘に手を伸ばしたその時、ぴしゃり、と、泥水が跳ねた。  泥水は、(あやま)たずに中間の顔を濡らし、 「わっ、この、くそっ……」  慌てて目を擦り、再び目を開けた時、そこにはもう何も居なかった。  中間は、その夜から高熱を発して寝込んだ――
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