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一
「おい、聞いたか? 雨降小僧の話し」
「うん。でも、河童かかわうそじゃないのかな」
「河童は、人の尻子玉を抜いて喰らうんだぞ。かわうそは、傘の上に飛び乗って、バリバリ顔を引っ掻いたりすると言う」
本所は、本所七不思議で名高い通り、怪談の多い土地柄でもあった。
そして本所はまた、武家屋敷の多い土地柄で、だから、剣術道場なども多くある。
もっとも、どんなに武芸に秀でたところで立身に繋がる時代では無く、門人は子どもが多い。一通りのことを身に付けて、ある程度の年齢に達すると、通ってこなくなる者が多かった。
本所緑町に道場を構える小畑道場もご多分に漏れずで、少年達がぺちゃくちゃと近頃噂の雨降小僧なる妖異について、まだ高い声で話し合っている。
「それで、雨降小僧は何をするんだ?」
「何もしない。ただ、そこに居るだけだって」
「でも、そいつに睨まれると、病に罹ると聞いたよ。ものすごく嫌な目つきで、人の顔を覗き込んでくるんだって」
「なら、見ないようにして駆け抜ければ良いのか」
「いや、俺は、施しをすれば無事に済むと聞いた」
「無駄話は終いだ。皆、稽古に戻りなさい」
岡部作之助が手を叩くと、はあいと少年達はまた、竹刀での打ち合いを始めた。
返事は、そう間延びをさせず「はい」だろうと作之助は思ったが、昨今江戸では、そんなことを小うるさく言っていては、門人が居着かないらしい。
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