1/3
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

「おい、聞いたか? 雨降小僧の話し」 「うん。でも、河童かかわうそじゃないのかな」 「河童は、人の尻子玉を抜いて喰らうんだぞ。かわうそは、傘の上に飛び乗って、バリバリ顔を引っ掻いたりすると言う」  本所は、本所七不思議で名高い通り、怪談の多い土地柄でもあった。  そして本所はまた、武家屋敷の多い土地柄で、だから、剣術道場なども多くある。  もっとも、どんなに武芸に秀でたところで立身に繋がる時代では無く、門人は子どもが多い。一通りのことを身に付けて、ある程度の年齢に達すると、通ってこなくなる者が多かった。  本所緑町に道場を構える小畑(おばた)道場もご多分に漏れずで、少年達がぺちゃくちゃと近頃噂の雨降小僧なる妖異について、まだ高い声で話し合っている。 「それで、雨降小僧は何をするんだ?」 「何もしない。ただ、そこに居るだけだって」 「でも、そいつに睨まれると、病に罹ると聞いたよ。ものすごく嫌な目つきで、人の顔を覗き込んでくるんだって」 「なら、見ないようにして駆け抜ければ良いのか」 「いや、俺は、施しをすれば無事に済むと聞いた」 「無駄話は終いだ。皆、稽古に戻りなさい」  岡部作之助が手を叩くと、はあいと少年達はまた、竹刀での打ち合いを始めた。  返事は、そう間延びをさせず「はい」だろうと作之助は思ったが、昨今江戸では、そんなことを小うるさく言っていては、門人が居着かないらしい。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!