事故か事件か

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事故か事件か

 歩道橋の階段の一番上に立って下を見下ろす。  普段は気にしてなかったけれど結構高い。ここから落ちたら死んでもおかしくないよな…俺みたいに。  一ヶ月程前、俺はこの階段から転げ落ちて死んだ。それは動かさない事実だ。けれど頭を打ったせいなのか、その時の細かな状況が思い出せない。  なんとなくだが、誰かに突き飛ばされたような気がする。だとしたらそれは殺人事件だ。いったいどこの誰が自分を殺したのか、犯人を突き止めたい。  でも、たまたま誰かとぶつかって落ちただけのような気もする。それなら事故なので、俺の運が悪かったと思うしかない。  真相が判らないせいなのか、成仏できないまま、俺はずっとこうして歩道橋の上にいる。  そんな俺の前に一人の男が現れた。  足が悪いんだろうか。なのに必死に手すりに体を預けながら、歩道橋を必死に上がって来た。そして上り切ると同時に、持って来た花束を抱き締めるようにその場に崩れた。 「ごめん。ごめんな。ごめんなさい…」  泣き出す相手を見て、俺の、ずっと思い出せないでいた記憶が甦った。  この人は急いでいるようだった。走ってこそないけれどかなりの速足で歩道橋を渡り、階段を下りようとしていた。  そこへ階段を上って来た俺が姿を現し、一番上で接触した。  二人で一緒に落ちたことを今思い出した。階段上での位置的に、俺が下になる形で落ちて頭を打った。この人もあちこち打っていたようだが、結果的に俺がクッションになったらしい。  救急車の音を聞いた覚えはないから、俺はそのまま生涯を終えたのだろう。  思い出してみたらはっきりした。事故だった。どちらにも特に比はない、ただただ不運な事故。殺人とか、そういった血腥ささはどこにもなかった。  それが判った瞬間気持ちが軽くなり、同時に全身が強く輝き始めた。  どうやらその光が見えているらしく、顔を上げた男の人が呆然とこちらを見つめている。その人の足に俺は手を伸ばし、触れないけれど気持ちの上で一撫ですると、相手何かを察したかのように自分の足を二、三度踏み鳴らした。  俺を見る顔がますます驚きに染まる。その人に、何も気にしないでほしいという意味の笑顔を向けたところで俺の意識は消えた。 事故か事件か…完
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