第1章

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「ありがとね。すっきりしたわ」  君は伝票を手に席を立った。  あっ、僕が払うよ。と言う間もなくレジに向かい、君は支払いを済ませてしまう。  カバンを片手にあたふたと追いかけ、君に続いて自動ドアを出た。半地下の階段を上り、地上に出ると雨が降り始めていた。  軒下に立ち、二人並んで空を見上げた。 「いいよ。話聞いてくれたお礼だから」  僕の手元をちらりと見てから、君は再び上空へと視軸を移す。  ありがとうと言って財布をポケットに戻し、君の横顔を眺めた。すっきりしたと口では言っていたけど、まだ蟠りが残っているような気がする。  あんなやつのこと、早く忘れたほうがいいよ。そう思うけど口には出さない。君はただ話を聞いてほしかっただけなのだ。僕の助言なんか求めちゃいないんだ。ましてや、僕じゃだめなのか?なんてことは口が裂けても言えない。だって、たぶん君はまだあいつのことが……。 「雨、止みそうにないね」  独り言のような君。   どうしよう。傘持ってないし。どこかで買ってこようか。それとも店に戻って、貸してくれる傘がないか訊いてこようか。 「いいよ。私、雨好きだから」  君はぴょんと軒下から飛び出した。大粒の雨に打たれながら、顔をくしゃくしゃにして天を仰ぎ、踊るように両手を広げた。他人が見ればその姿は雨の中ではしゃいでいるようにしか見えないだろう。でも僕は知っている。君は雨なんか好きじゃないし、その表情の意味するところも。  雨やさめ。  きっと君は聞いたこともない言葉だと思う。でも、目の前の君の姿を形容するには最もふさわしい言葉なんだ。  僕は気づかないふりをする。君だって気づかれたくはないはずだ。その頬を濡らすのが雨だけじゃないことを。だからあえて、嘘をついてまでそうしているのだ。 「じゃあね」  君は手を振ると、雨の中に消えていった。震える声が、いつまでも耳から離れなかった。  
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