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よかった。
お母さんもホッとした様子だ。
「あとは、右脚ね。また別の日にレントゲンの写真で説明しようと思うんだけど……もう少し動けるようになったらリハビリしようね」
「あ、あの、私、新体操やってて……どのくらいで元のように動けるようになりますか? 大会も近いし、大学もそっちの方を目指してるんです」
主治医はもう一度カルテを見て、「う~ん」と唸った。
「ごめんね。生活に支障ないくらいは動けるし、運動も問題ないと思うんだけど……選手としては、正直難しいかな。また、しっかり説明するけどね」
他人だから、だろうか。
簡単に、サラッと、「難しい」って言われた。
難しい。は、新体操ができないってこと?
何それ。どういうことか、よくわかんない。
お母さんは、丁寧なお辞儀をして先生を見送った。
姿が見えなくなったあと、切なそうな目で私を見て、肩に手を置いた。
――が、私は、その手を勢いよく振り払った。
「お母さん、私の脚のこと知ってたんでしょ……? 言ってよ! 教えてよ!」
さっきまで、先生の言うことが理解できなかったのに。
急にボロボロ涙が出てきて、止まらなくなった。
「ごめんね、どう話していいのかわからなくて。しゅうが頑張ってきたの見てたから、言えなかったの……本当に、ごめんね」
「私の脚…!」
泣きじゃくる私を、お母さんは抱きしめてくれた。
私の脚は、もう前のように動かない。
包帯が外れても、傷が消えても、前のように楽しく踊れない。
夢が、なくなってしまった。
少し落ち着いたあとも、何もする気になれなくて。
お母さんが帰ったあとは、暗くなった窓の外をぼんやりと眺めていた。
もう、新体操はできない。
できないんだ。
そう思ったら、また勝手に涙がこぼれてくる。
テレビで観るような挫折から立ち直る「努力の物語」なんて、私には思い描けない。
ただ、つらいだけ。
それが現実だった。
涙を手の甲で拭いながら、窓の下を覗いた。
ここは5階だけど、面会を終えて帰っていく人達が、ぽつりぽつり小さく見える。
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