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 雑踏に嫌気がさして少しだけ厭世的な気分になったら、ここに来る。決めていたわけじゃないけれどいつの間にか、ある種のルーティンやおまじないのように、僕は「05」と書かれた小汚いビルの屋上に足を運ぶようになっていた。  5という数字は好きだ。ぴかぴかのビルじゃない辺りもまた、僕にとっては都合が良く思えた。美人が苦手なのと一緒で、綺麗すぎるビルなんてものもあまり得意じゃない。パーカーやスニーカーが似合うくらいの場所がいい。革靴やスーツや高級な腕時計なんて、僕にはきっと似合わない。  かん、かん、と無駄にエコーのかかる薄い階段を踏んでいく。ビルの中は静かだ。誰もいないのか、本当は誰かがいるのか、僕は知らない。ハイネックのパーカーに口元を埋めて、すんっと鼻を啜る。最近は夕方になると肌寒いくらいだ。持ち上げる太腿の脇には空が見える。もしも高所恐怖症だったら結構びびる感じの階段だけれど、僕にとってはそれもまた心地いい。空中散歩なんて洒落た響きを好むつもりはないけれど、なんだか妙な浮遊感があって中途半端に心臓が浮く。そんな感覚は割と好きだった。上を見るんじゃなくて、わざと足元を見て階段を上る。つま先じゃなくて膝辺りを見て歩くのがポイント。ポケットに入れている手は知らない間に汗ばんでくる。それに気づく瞬間の情けない感じもまた好きだった。僕はちっぽけで情けない奴だなぁと、そう気づける瞬間。
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