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 まりあの住むM市は、本州から離れた島の中にある。海と山に囲まれた田舎の地方都市は、物価も家賃も安い。近年では、アートと観光資源である温泉街がコラボし、女性が旅したい観光地の上位に選ばれた。しかし、そんな洒落た場所は一部に限定されている。一歩路地へ入ってしまえば古い街並みが続き、紗のかかったような印象が強い街だ。  ひとり暮らしのアパートのエントランスを抜けた途端、視界がハレーションを起こす。カッと照りつける太陽は真夏のそれで、今からこの暑さではやっていられないとため息をついた。  夏は嫌いではない、むしろ大好きだ。海も、ひらひらと生地が踊る熱帯魚のような洋服たちも、カフェに流れる夏向きの音楽も、爽やかなソーダも大好きだ。けれど、暑さと怖い話だけはどうにも好きになれない。親が転勤することになり、ひとりで地元に残ることになった。昔からひとり暮らしには憧れがあったが、それを手放しで喜べなかった最大の理由は、怖いことが大の苦手だったからだ。特になにかを見た訳ではないが、子供の頃から大の苦手だった。 「あー、暑いのに気が滅入ること考えるのなし! 今日は小松先生の授業なんだから!」  これは最近身についた癖だ。やたら自分の心の声を言葉にしてしまう。いわゆるひとり言というやつである。自分からするとかなりの頻度だが、今のところ友人たちから苦情はきていない。 「まりあちゃん、おはよう」     
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