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 振り向くと、そこにはまりあの暮らすアパートの一階で喫茶店を営む岡田晋が、タブリエ姿で立っていた。腕にはキャンバス地の袋を抱え、そこから顔を出しているのはどうやらベーグルのようだ。 「おはようございます、岡田さん。そのベーグル、どうするんですか? すごくたくさん!」  地元でひとり暮らしをするにあたって、このアパートに住むことを決めた最大の理由は、一階にこの喫茶店あったからだ。古い四階建てアパートは異国の香りのする石造のレトロな建築で、壁に這う蔦が印象的だ。その蔦に覆われている色褪せた椋のドアが喫茶店の入り口となっており、そこを潜ると途端にコーヒーのよい香りがしてくる。   岡田はいつも一枚板のカウンターの奥におり、注文が入ってから豆をひいてくれる。一杯ずつ丁寧に淹れられたコーヒーがこの店のうりであり、味は折り紙付きだ。このアパートを内覧したとき、ここでコーヒーを飲んだことが入居の決め手だったと思う。 「この通りの先に開店したダイナーで使いたいって言われてね。届けに行くところ。まりあちゃんは学校かな?」 「はい! これから授業です」 「そうか、気をつけて行っておいで。バイトじゃなくても、いつでも遊びに来るといい」     
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