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「おねえちゃん、蝶を捕まえたから、カゴに入れるの手伝って」
言葉ひとつずつが丁寧に発音されていて、とても聞き取りやすい。年の頃は十歳ぐらいだろうか。そこには虫取り網を地面に伏せた少年がこちらを見上げていた。
少年のまろい額には汗ひとつなく、滑らかな白さを保ったままだ。その場に立っているだけでジワリと汗が染み出すような暑さの中、少年だけは涼しげな様子でそこに膝をついている。
「おねえちゃん」
その澄んだ高い声に急かされるように、まりあは自転車を止めて側にしゃがみ込んだ。こちらへ伸ばされた小さな手が、何かに触れているように宙で止まる。細い指先が空中で器用に動いているのは、不思議な光景だった。彼は何をしているのだろうか。
「そうか、おねえちゃんは───なんだね」
「え、なあに?」
少年の言葉が聞き取れず、訊ねたまりあに彼は答えない。先ほどと同じ、空を撫でるような不思議な動作を繰り返しているだけだ。風のない夕暮れどきはとても暑く、まりあは一刻も早く家に帰りたい。アスファルトから脇が上がってくるような熱に軽いめまいを感じる。
「どうすればいいの?」
少年を急かすように質問すると、「ここ、押さえていて。僕が蝶をとってカゴに入れるから」と的確な指示が飛ぶ。
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