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どうやら虫取り網を押さえていればいいらしい。それにしても、まるで人形のように美しい少年だ。あまりじっと見るのはいけない気がして、なるべく網を押さえる作業に集中する。目が吸い寄せられるような美しさを危険だと、まりあの中の何かが訴えているのだ。それにもうひとつ、なぜか初対面の少年を知っているような妙なデジャヴを感じる。彼の顔や容姿に見覚えはない。ならばどうして、少年を知っているような気になっているのだろうか。
「ねえ、君、どこかで……」
「ありがとう。そのままだよ、おねえちゃん」
「やすのり!」
鋭い女性の声がすると、少年は手を止め、表情が抜け落ちたような顔で道路脇を見た。つられて視線を向けた先には、?がこけ、ひどく痩せた女性が立っている。年齢はまりあとそう変わらないように見えるが、年齢以上の疲れた空気を身にまとった女性だ。彼女のつり上がった眉は異様で、怒りだけではない感情をその身にたぎらせているように見える。
「やすのり、来なさい」
女性がひとつひとつ噛みしめるように発音すると、少年は「はぁい」とつまらなそうに返事をした。その声は子供らしい不満をはらんだ声で、この異様な雰囲気にはそぐわない気がする。
夏によくあるような親子の光景に、なぜ薄ら寒いものを感じてしまうのか、自分でもよく分からない。
「おねえちゃん、ありがとう! その蝶はもう逃していいよ」
少年が伏せていた虫取り網を取ると、蝶はアスファルトの上で何度か羽ばたき、またゆっくりと浮上して何処かへと飛んでいってしまった。蝶の行く先を追っていたまりあは、少年と女性がいつの間にかその場からいなくなっていることにようやく気がつく。
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