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あちこち見回していると、二人は揃って女性が立っていた団地の建物の中へと入って行くところだった。何故か動くことができず、まりあは少年の背中を見つめる。すると、申し合わせたかのように小さな頭がこちらを振り返り、「またね」そう唇が動いたように見えた。白い端正な子供の顔の中で、妙に赤い小さな唇が動く様はどこか別の生き物のようで恐ろしい。
そう、まりあにとってその少年は恐ろしいと感じる存在だった。
物心ついた時から保育士を目指すまりあにとって、それは初めて感じた挫折だ。子供は庇護されるべきで、大人に守られる存在だと信じて疑わなかったのに、その子供から恐怖を感じるなんて。
そして先ほどから感じるデジャヴ。この光景を見たことはないはずなのに、知っていると感じるのはなぜなのか。記憶を探ろうとしても、上手くいかない。頭が真っ白で、思考が全くまとまらないのだ。
「どうして……」
赤々と燃える夕陽が、少年の入って行った団地の入り口にそびえ立つ給水塔を色濃く染め上げていく。その形がじわりと陽炎に溶けて、ゆらゆらと揺れている様子はどこか現実ばなれしていた。呆然としたまりあの呟きもまた、夏の暑さの中にジワリと溶け出していったのである。
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