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何気なく見上げた河澄の表情は、優し気で、嫌悪感どころか呆れすら見て取れなかった。
「ゴメン、……汚した。」
離れがたくて、そのままの体制で言う。
河澄の手は相変わらず俺の背中をそっと撫でていた。
「やっと、泣いたな。」
戻ってきた言葉は想定の範囲外だった。
「……やっと?」
泣きすぎて、かすれてしまった声が出た。
撫でるというよりぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜる様ににして頭を触られた。
兄、はいないので分からないが、まるで弟にするみたいだと思った。
思わず笑顔を浮かべる。
愛想笑いとか、作った笑顔はできていた。
だけど、ちゃんと笑えたのは、あの日から初めてだったかもしれない。
「初めてあった日、ああ、泣きたいの我慢してるなって思った。」
相変わらず俺のことを撫でながら河澄は言った。
俺は、そんな顔していたんだろうか。
「だから、話しかけたのか?」
丁寧口調は自然と抜けていた。
「そうだな。」
一際優しい顔をして、もう一度河澄はおれのことを撫でた。
やがて、冷静になってきた頭が、男同士で抱きしめあっているという事実に気が付いて慌てて離れると、河澄は面白そうに声を出して笑っていた。
了
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