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上がりに仲のいいメンバーが花束を持って集まって来てくれた。西野さんも加賀さんもいる。みーは言った通りいなかった。でも、それでいい。ぎゅうぎゅうのバックヤード、頑張ってきて良かったなあ、なんてことをしみじみ思う。
「今までお疲れ様」
花束を受け取った俺に仁礼さんが手を差し出す。その顔はとても穏やかで、いつものものだった。昨日のことは全く無かったような顔。でも、俺はもう知っている。誰も知らなかった仁礼さんの別の顔を。
「ありがとうございました」
だからといってそれを暴露しようとも思わないし、糾弾しようとも思わない。仁礼さんは皆に愛される仁礼さんでいい。
俺は礼をして手を取る。温かいゴツゴツした手は職人の優しさだけではない。
店を出て振り返る。ガラスを隔てて、皆んなが笑って手を振っている。俺も笑顔で振り返す。でも、きっとここに戻ることは無いだろう。店員としては勿論、客としても。俺にとって、ここは青春の舞台ではなく、悲しい恋愛のステージになってしまった。
神様、本当にいるのなら。時間を戻してください。みーが仁礼さんに恋に落ちる前に。俺が諦めてしまう前に。駄目ならせめて、「遅いよ」なんてみーに思わせる前に。無理なら、みーが本当の幸せに辿り着けますように。仁礼さんとでもいい、いつか近い未来。
就活でもしなかった神頼みをこれでもかというくらい、今している。馬鹿だな、苦く笑って顔を上げた。どこまでも青い空は爽やかで、明るくて俺の心を未来に向かわせる。卒業したんだ、その実感と共に。
(了)
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