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春運ぶ晴れ続きの気候のなか、不意打ちの薄暗さ、湿った空気。何かが起こりそうな、そんな未知への高揚や不安を孕んだ空気が昼からあった、そんな夜。ここ、千代田区の片隅のカフェチェーン店の中では、本社から指定された有線のジャズチャンネルが軽やかに流れていた。
「みー、これ下げちゃダメ?」
俺は隣に立って並べたストローを整えている、みーに振り向き声を掛けた。
「えっ、し、知らない……」
みー――同期の小森美玲はひどく驚いた様子で俺を見上げている。俺がぼんやり外の風景を眺めていたから油断していたのもあるだろうが、突然に「みー」と昔の呼び名で呼んだからからに違いなかった。二人で緩やかな、そして最後の時間を過ごすうちに、なんとなく昔を思い出して懐かしくなって、そう呼びたくなったのだ。
「逆に騒がしく思ったりしそうだと思っただけ。今は無人だしクレーム来ないけど、もし人が入って来たらなんか言われるんじゃないかって思って」
俺は呼び方のことには触れず、そうフォローしてまた視線を外に投げた。
「……まあ、来そうにないけど」
そして、ぽつりと呟いた。
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