1人が本棚に入れています
本棚に追加
こういうとき、いつもなら早上がりできるようにクローズ作業をどんどん進めていくところだけど、今日のパートナーは最近真面目になったと評判のみーだ。しかも、もうすぐ店長の仁礼さんが戻ってくることになっている。いくら明日で辞めるとはいえ、最後の最後に「お客様のことを考えてない」、なんて叱られたらショックだ。かといってすることはほとんどないけれど……。
「抽出チェックしますか」
俺はわざわざ宣言してエスプレッソマシンに向かう。
こうやって折にエスプレッソの品質チェックをするのは大事な仕事だ。特にこんな湿度の高い日は品質が変わりやすいから。それに、俺はこの作業が好きだった。いかにもバリスタ、って感じがして。
「みー、まだ仕事続けるの?」
ホルダーを外して粉を詰めながら話しかける。
「……うん。まだ余裕あるし、やりがいもあるし」
気まぐれな質問に呆れながらも、みーはちゃんと答えてくれた。これから就活が大変になるだろうに、本当に真面目だなあ。疲れたサボりたいが口癖だった時代が嘘みたいだ。そう思いながら俺はボタンを押してエスプレッソを抽出する。うるさいジャズをマシンの渋い音が打ち消す。注ぎ始めは大切だから視線はカップから外さない。琥珀色の液体が細い線を描きながらカップに注がれる。
「仁礼さんもいるし、か? みー、ずっと狙ってたけど落とせたの?」
そう言って抽出完了したデミタスカップを二つ持ち、くるりと振り向く。想像してたのは膨れっ面だったのに目の前のみーは真顔になっていた。
最初のコメントを投稿しよう!