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「柳浦くん、傘忘れたの?」
雨の中に雨具なしの、まさに丸腰で飛び込もうとした瞬間、背後から名前を呼ばれて走り出す姿勢のまま硬直する。
「はえ?」
僕は情けない声を出しながら聞き覚えのある声に振り向くと、背後には傘を手に持った女子生徒が立っている。
二ノ坂恵美。
背中あたりまで伸ばしたストレートの黒髪に整った顔立ち、人形のような印象を受けるクラスメイト。
教室で誰かと話をしている姿を見た事がなく、若干クラスでも浮いている。
バスで偶然会ったとき、たった一言話しかけられただけで僕は恋に落ちた。仕草、視線、声、全てが合わさりまさに一撃必殺だった。
以来、時折話すようになったが、今のように視界の外から唐突に話しかけてきて僕を驚かす。
今回もそうだ。
二ノ坂は自分から話しかけたにも関わらず、返事を待たずに僕を追い越し、傘を広げながら振り返る。
傘を差して雨を背負う。
――見入ってしまう。映画のワンシーンのような光景から視線が外せない。
「じゃあ、帰りましょうか」
傘を左手で差し出しながら、微笑む。
『傘は持ってね』と大きな瞳は訴えている。
彼女の微笑みに対して僕は抗う術など持ち合わせていない。されるがままに右手で傘を受け取り、二ノ坂の隣に立った。
右腕で僅かに二ノ坂の体温を感じながらの帰り道。
身長差でやや見下ろす横顔。その顔は僅かに微笑み、喜んでいるようにも見えた。
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