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その日もいつもと同じように太陽が昇る所から始まった。通い慣れた聖域にある小屋は今アブノバ専用の居住空間となっているため、小屋の隣に建てられた寝室代わりの小さな天幕でラミは身支度を整え、食事をとった。場所がイニャン王国の王城でないという以外は、いつもと変わらぬ目覚めと朝食。時間もまた、いつもと変わらず過ぎていく。
「分かっていますね、ラミ嬢。アブノバ様を護るのが、貴女の役目です。お忘れなきよう」
天幕の中で、いつも身に纏っているローブのフードを頭に被り、正午に備えていたら、背後からそんな声をかけられて、はっとそちらに目を遣った。
いつの間にそこにいたのか、クナールもまたローブをしっかりと頭まで着込んでいて。じっとこちらを見ていた。
ラミはそんな彼を一瞥すると、こくりと頷く。彼の言葉は、言われるまでもなく理解していたことだから。
ラミの様子に満足したのか、クナールは僅かに微笑むと踵を返して天幕を出て行く。おそらくは、アブノバの元だろう。
少しだけ逡巡したあと、ラミもまた彼の後を追った。
作戦において、ラミはアブノバと共に黒の魔法使いの付き添いとして控えておくことになっている。黒の魔法使いはクナールが魔物の世界の者へと受け渡すのだそうだ。つまりその間、アブノバには護る者がいない状態となるわけで。だからこそ、クナールは何度も言っていた。アブノバを護れ、と。
「本来ならば、陛下がついてくる必要はないのですが、どうしても見てみたいそうですので。……これから陛下が統べることになる、魔物という生き物を」
「困ったものです」と彼は続けるけれど、ラミは彼の言葉に知らず奥歯を噛み締めてしまう。
アブノバが、魔物を統べる。それは人間が魔物の王を討ち、その世界を奪い取った後のことを言っているのだ。
……魔物は人間よりもずっと強いって、歴史の本にも書かれているのに。
自分たちが負けるとは少しも思っていない彼らが、少しだけおかしかった。
……そういえば、ウートも来るのかな。
クナールの話では、今回の受け渡しには、魔王かその一族が訪れるだろうということで。今ラミの脳裏に映る青年は、魔王の一人息子である。もしかしたらこの場に現れるかもしれないのだ。
……顔を見ることが出来れば、嬉しい。でも。
この場に、戦の待つ場所に来て欲しくない。それもまた、ラミの本心だった。
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