魔王の日々

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 ヴァルピュリスを最後に一撫でして、ウートはガビジャの塔に向かって歩き出した。「善処しよう」とだけ、呟きながら。  ……ラミを待てるのも、あと数年といったところか。  臣下たちの言葉ではないが、魔王である自分は、次の世代へと繋ぐためにも、伴侶を得ないという選択肢は存在しない。そのことはウート自身、重々承知の上である。ただ。  相手はすでに、心に決めているというだけで。 「彼女を想いながら、別の誰かと結ばれるような器用なことは、私には出来そうにないな」  自虐気味に呟かれた言葉は、フィリスの耳には届かなかったようで。「今、何か言いました?」と不思議そうに訊ねてくるフィリスに、「いや」とだけ答えた。  我ながら思い切りの悪いことだと、小さく笑ってしまった。 「あ、そういえばウート様。もう一つご報告があるのですが」  ふと思い出したようにフィリスが声を上げる。ウートは僅かにそちらを振り返り、「何だ?」と先を促した。 「北の端の村で役人に聞いたのですが、何でもソス山脈の麓のある場所から、お湯が湧き出る場所が見つかったとか……。それが夏だからお湯だったのか、冬でもお湯なのかは分かりませんが、何かに使えるかもしれないのでと、報告を頼まれていたのです」  「でも、夏だからって水がお湯になるわけもないですしねぇ」と、フィリスは不思議そうに言うけれど。ウートはぱちりと瞬きをした。それは、ラミから聞いたことがある。確か。 「温泉か」  大方、河川の整備事業の際に、近辺を大幅に騒がせたため、地盤が緩み、湧き出て来たのだろう。ソス山脈の麓では度々見つかるという、年中熱いお湯が湧き出る泉。人間の世界では北西にあるイアテ王国で多く見つかっており、その源泉からお湯を引いて、風呂として使っているとか。  ソス山脈の更に外側にある国だ。この世界の北の端よりも、尚寒い場所もざらにあるだろうからな。  そう言った場所に年中お湯があれば、助かることも多いだろう。この世界でもまた。 「水路は通したが、この世界の庶民は、風呂に入る事は少ないと聞いている。衛生面を考えても、やはり風呂として引くのが一番か。毎日の燃料代と考えるならば、工事費くらいは安いものかもしれんな。冬の間も枯れないのかどうか見て欲しかったが、今年はもう無理だろう。帰って来たばかりのフィリスにもう一度行ってもらうわけにもいくまい」
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