魔王の日々

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 ぶつぶつと、考えをそのまま口の中で零していく。今までこの世界にはなかったものだから、その使い道は以前からそれを利用している人間の世界に倣った方が間違いないだろう。その他の使い道については臣下たちと考えていけば良い。この世界を治めているのは、何も自分だけの力ではないのだから。  そんなことを考えていたウートの耳に、「もう一度行きましょうか?」というフィリスの声が聞こえた。どうやらウートの呟きが聞こえてしまっていたらしい。 「一日あれば余裕で戻って来れるでしょうし。今日は無理でも、明日ならばまあ、何とかなるでしょう」  「温泉って言うんですか?その、お湯の変化を見ておいてもらえば良いんでしょ?」と、フィリスは事もなげに言っていて。ウートは少し思案し、首を横に振った。「その通りだが、な」と、呟きながら。 「度々訪れて、冬でも、そして冬を越しても湯量に変化がないかどうかを把握して欲しい。……とは思うのだが、今年は諦めよう。扱うにしても、まだ先のことになる。あの辺りは積雪量も半端ではないから、そこを訪れるのもまた危険だ。雪に慣れて、尚且つ訓練を積んだ者に行かせた方が間違いないからな。冬を終えてから、随時観察するよう手配しよう」  呟き、ウートはまた進行方向へと視線を向ける。目的地である食事用の広間は、もうすぐ目の前に近付いていて。  いつものごとく侍女頭のアヌラップが扉の前で待ち構えていた。 「フィリス、どうせなら食事をしていかないか?戻ったばかりなのだろう?」  ふと思いつき、ウートはフィリスにそう訊ねる。彼は目をきょとんと開くと、嬉しそうに笑った。「ウート様のお誘いであれば、喜んで」と呟きながら。 「さっき戻ってきて、丁度食事に行こうと思ってた所だったんですよ。魔王城の料理はめちゃくちゃ美味いし、正直嬉しい」  にこにこと、目に見えて機嫌の良くなるフィリスにウートもまた思わず笑ってしまう。夕飯は魔王の一族の者が揃うことが習わしなのだけれど、先代の魔王はこのガビジャの塔を離れ、隣のフルドラの塔へと移動してしまうため、食事もまた別になってしまうから。  ウートは毎日この広間で、一人で食事をしているのだった。もう五年も経つから慣れてはいるけれど。  楽しいものではないからな。  嬉しそうに笑うフィリスに苦笑しつつ、ウートは久々にほっとした心地で、広間へと足を踏み入れた。
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