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柔らかい口調にもかかわらず威圧感を覚えるのは、彼が軍務大臣という立場を預かる軍人の長だからだろうか。この世界において、戦闘に特化した才能を持つ者が多く所属する魔王軍。そんな者達に直接指示を出す彼は、軍において一二を争う剣の腕を誇っている。
そんなボレアスの姿に、ウートは丁度良かったと思った。エヘカトルの代から軍務大臣を務めている彼の意見を聞いておいて損はない。
この世界を護るための意見ならば、少なすぎるということは有れど、多すぎるということは有り得ないのだから。
「構わん。そもそもお前に伝えようとしていたのだが、いなかったから他の者に伝えただけだ。お前が戻ったら私の元に来るだろうと思っていた」
「予想より早かったな」と言って小さく笑い、敬礼を解くように指示すれば、ボレアスは静かに姿勢を正す。「それでは」と、彼は口を開いた。
「騎馬軍の者たちに話を聞いたところ、今回起こるであろう戦闘において、陛下より直々に指示を賜ったとのことですが」
「人間を殺すなと言われた、というのは、本当ですか」。
ボレアスはじっと、鋭い視線をこちらに向けてくる。鋭くて、それでいて静かな視線。ウートが何も応えずにその視線を受け止めていると、「加えて」と彼はそのまま話を続けた。
「陛下まで前線に出られると仰られたとか。この世界を囲まれており、気に障るのは理解できますが、陛下を炙り出そうというような行動にそのまま応える必要はないかと。陛下はこの世界の象徴であり、唯一無二の絶対君主。万が一陛下が怪我でもされたならば、民は黙っておりますまい。それでは、陛下が人間を殺すなと仰った意味がなくなるかと存じますが」
つらつらと、まるで紙に書いた文章を読み上げるように彼は言うけれど、その言葉の全てがあまりに的確にウートの思考を読んでいて。くつりと、思わず笑ってしまった。
「そこまで分かっているならば、応える必要などないだろう」と、呟きながら。
「人間を殺せば、今度は『復讐』という名目を与えることになる。二度も三度も同じことがあっては面倒だ。我が民は強き者が多いが、弱き者も確かにいる。彼らを狙われては困る。私はあくまで、この世界を護りたいだけだからな」
「ただし」と、ウートはそこで声を低くした。
「我が民が命を落とすようなことがあってはならん。手加減が出来んと思えば遠慮なく殺せ、とも言ったはずだが」
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