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自分の命を危険にさらしてまで相手を慮る必要はない。自分より強い相手を殺さぬようにと手加減するなど、無理というものだから。
「それに」とウートは更に続けた。
「殺すなとは言ったが、怪我をさせるなとは言っていない。向こうには魔法使いたちがいるからな。手足を切り落とすくらいは問題ないだろう。要は人間たちに、この世界を落とすことは不可能だと思わせれば良いのだから」
ラミのように髪まで真っ白な、純粋な白の魔法使いというわけでなくとも、白の魔法を使える者はいるはず。元に戻すことは出来ずとも、止血くらいは可能であろう。命を落とさず、しかし深い怪我を負った者達は、戦線を離脱するしかなくなる。国に戻って伝えてくれれば良い。『魔物というのは、強く、恐ろしい生き物だ』と。『魔物の世界を手に入れることは不可能だ』と。
「私が前線に出れば兵たちの士気も上がるだろう。怪我をするかどうかは相手の力量によるが。私には、強い護衛もいるからな」
ちらりと視線を背後に向ければ、ボレアスの手前、静かに姿勢を正していたフィリスがにぃと頬を持ち上げるのが見えた。彼の強さは、力試しとはいえ一度命を狙われた自分が一番良く知っている。
そしておそらくかつての上司だったボレアスもまた、同じことを思ったのだろう。ウートの視線を追うようにフィリスの方を見遣り、「確かに、そうですな」と呟いていた。
「フィリスがいる以上、いくら人間が魔法を使うことが出来ると言っても、そう簡単に私に危害を加えることは出来ない。それに、この世界の王である私が城に隠れていて、軍の者達だけを危険にさらすなど、出来るはずがないからな」
軍に所属する者達も含めて、全てがウートの庇護する民である。そんな彼らを盾のように使うなど、出来るわけがないのだ。
ボレアスはウートの言葉を聞いて少し迷うように視線を下げた後、小さく息を吐いていた。「仕方ありませんな」と、諦めたように呟きながら。
「陛下がそこまで考えてのお言葉ならば、覆しようも有りますまい。あなたはお優しく、周囲の、それこそあなたの意見に反対ばかりする者達の意見さえも、この世界のためになるのならば抵抗なく聞き入れて下さいますが、一度お決めになったことは絶対に翻さない。その芯の強さは、エヘカトル様にそっくりですからな」
彼はそう言って笑みを浮かべる。ウートもまた、つられて笑みを浮かべていた。
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