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「それでは、俺はこれで失礼します。ゆっくりお休みください、ウート様」
ガビジャの塔にある私室に戻ったウートに、フィリスはそう言って頭を下げ、部屋を出て行った。と言っても、護衛である彼の部屋はウートの部屋と繋がっており、いつでもウートの部屋に入ることが出来るわけだが。
窓の向こうはすでに真っ暗で。ただぽっかりと白い月だけが、辺りを照らしている。
いつも通りの夜着に着替えたウートは、部屋を出るフィリスを見送った後、一つ息を吐いた。
本当は、恐ろしくて仕方がないのだ。今のこの状況が。
……戦など、この世界が出来てから一度も起きたことはない。
この世界と人間の世界が別れるまでは、小さな小競り合いはあったという。それも個人個人の問題であり、軍や国が関わったものなど書物保管庫の記録にもなかった。
それが、今になって人間の国と魔物の世界との戦争である。
恐ろしくないわけがない。
「自分の一言でこの世界が動くということは、幼い頃から理解していたが……」
自分の一言で護るべき民が犠牲になることなど、想像もしていなかった。自分が民に命を狙われることを考えたことはあっても、この世界以外の者からこの世界を奪われるかもしれないなど、考えたこともなかった。
この世界の民の命を奪われるかもしれないなど、思ったこともなかった。
「ボレアスの言葉は、正しいのだろうな」
自分が前線に出るべきではないと、彼は考えているようだった。この世界を統べる者として、いつ命を奪われるかもしれない前線に自ら乗り込むなど、してはいけないことかもしれない。
それでも。
……私は、私の民を、魔物たちを傷付けられることを、許すわけにはいかない。
この世界を護る、魔王として。
「……お前なら、どう言うだろうか」
ウートらしいと言って、哀しそうに笑うだろうか。
やめて欲しいと言って、泣きながら首を振るだろうか。
お前は今、どこにいるのだろう。
白の魔法使いとして、戦争に駆り出されていることは想像に難くない。心優しい彼女に、血生臭い光景は似合わないのに。
「私は絶対に、お前を見つけてみせる」
呟き、ウートは窓の向こう、イニャン王国のある方角へと目を向けた。
そして次に出会えた時には、私の唯一の王妃としてこの世界に迎えるのだ。
分かたれた二つの世界は今、確かに繋がっているのだから。
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