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クナールの後を追い、ラミは小屋の中へと入る。小屋の中に置かれていた家具は、全て一目見ただけで高級と分かる物に取り換えられており、以前の面影があるのは壁一面に並んだ書物だけだった。
「クナールにラミか、早いな」
小屋に入った二人を、侍女たちに最後の仕上げとばかりに魔法使い用のローブを着せられているアブノバが迎えた。「おはようございます、陛下」と、クナールが恭しく頭を下げるのに、ラミも後ろで倣う。
アブノバがいるのは、元々、机と椅子があった場所。今はもう影も形もないけれど。
……捨てられちゃったのかな……。
ウートと共に腰掛けて、言葉を交わした思い出の品。これから起こるであろう戦争が終わったあかつきに、自分の前に彼が現れることなどないと思うから。せめてこの小屋だけは以前のままであって欲しいと、そんなことを思っていたのだけど。この様子では、それも無理そうだった。
……ウートには、戦争になんて、来て欲しくない。けど、もし彼が来てしまったら……。
今日できっと、最後になる。
彼と、顔を合わせるのは。
戦争を仕掛けた張本人であるアブノバの、その傍らに控えた自分を見て、彼の目にどんな感情が映し出されるのか、考えただけでもぞっとするけれど。それでも。
一度だけで良いから、その姿を見たかった。
アブノバやクナールは今回の戦争の勝利を確信しているようだけれど、ラミだけは、それは有り得ないと思っていた。魔物の強さに、いくら魔法が仕えたとしても、人間が勝てるわけがないのだ。だから。
今日が最後だと、思っていた。
……戦いに負けて、聖域を出て行くのはきっと、私たちの方。それから更に魔物の世界に攻め入るとしても、わたしがそこに加わることは、ない。
兵士の最後の一人が戦いに敗れるまで、アブノバが魔物の世界を諦めなかったとしても、ラミが魔物の世界に足を踏み入れることは出来ないだろう。そして。
戦争を仕掛けた自分たちの世界に、自分の元に、彼が訪れることなど有り得なかった。
……クナール様はアブノバ様が前線に出ることを嫌がるけれど。
ラミとしてはとても有り難かった。可能性は低くても、彼の姿を近くで見ることが出来るかもしれないから。
その姿を目に焼き付けておこうと、そう思うのだ。
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