826人が本棚に入れています
本棚に追加
「だが、それでは意味がないのだ」と、アブノバは言った。僅かに目を伏せ、息を吐いて。
ゆっくりと、再度口を開いた。
「ラミは……私の命だ」
真っ直ぐに、アブノバは視線をラミの方へと向けてくる。ただただ静かなその視線。ラミもまた静かにそれを受け止めた。
「私を護るために、ラミが犠牲になるなどあってはならない。分かるだろう、クナール」
すっと視線をクナールの方へとずらし、アブノバはそう静かに宣言する。クナールはその綺麗な顔を僅かに歪ませた後、一つ息を吐いた。「分かりました」と呟きながら。
「それでは、陛下とラミ嬢の護衛としてもう一人、黒の魔法使いの付き添いになってもらいましょう。戦いが始まれば、争いに巻き込まれない内にお下がりください。よろしいですね?」
「ああ、もちろんだ」
クナールの譲歩に、アブノバは嬉しそうに頷く。そして彼はラミの方へと視線を向け、「これで安心だな」と呟いて。
その時だった。
ばんっと音を立てて、小屋の扉が開いた。
「陛下!クナール様!現れました!」
「魔物です!」。
無遠慮に扉を開いた兵の言葉に、普段ならば怒りを露わにするであろうアブノバも、はっとした様子で視線を向けた。クナールもまた、扉の方を振り返ると、アブノバの方へと向き直る。「いよいよです」と、彼が呟けば、アブノバはふっと笑みを浮かべていて。
「行くぞ」
ゆったりとした足取りで、アブノバは歩き出した。その顔にはどこか楽しそうな表情が浮かんでいて。彼の後を追うクナールと共に動き出したラミは、ぎゅうとその手を握りしめた。
たくさんの不安と罪悪感と、ほんの少しの期待を胸に抱きながら。
最初のコメントを投稿しよう!