美しき魔王の愛しき少女

1/10
825人が本棚に入れています
本棚に追加
/396ページ

美しき魔王の愛しき少女

 ぺらり、ぺらりと紙を捲る音が部屋の中に響いていた。書類を確認してはサインをし、おかしな内容を見つけてはペンを取り、それぞれを分類して。繰り返し繰り返し、単純作業のような仕事を繰り返す。周囲に控える側近に資料の手配を頼み、持ち込まれた資料を読んでは、また書類を確認。  そんな風に、いつも通り仕事をこなすウートの背後では、数人の侍女たちが無言のままに耳や腕、角や翼を飾り付けていた。宝石に鎖、飾り紐に金銀細工。一つ飾りが増える度に重くなる身体に顔を顰めるも、今日ばかりは仕方がないと溜息を噛み殺す。今日が訪れたことそのものは嬉しいことこの上ないのだが、ここまで自分を飾り付ける必要があるのか、甚だ疑問である。  と、扉が軽くノックされたかと思えば、ウートの返事も待たずに「失礼しまーす」という軽い声と共にフィリスが入って来る。その腕には、行く先々の部署で預かったのだろう、大量の書類。そんな彼の姿も今では、ウートでさえも彼が一体何の仕事をしているのかと疑問を覚えるほどに通常の光景となっていた。 「へいかー。さっきの書類、一度こっちで預かっていいっすか? っていう、レヌール様から伝言です。あと、さっき持ち込んだ書類に一部不備があったから、廃棄して欲しいってのと、ボレアス様から、さっき回した書類は本日の護衛配置の変更についてなんで出来るだけ早く確認して欲しいってのと……」 「……さっきの書類だらけで、一体どれがどれだかさっぱり分からないんだが」 「そう仰ると思って、メモ貰って来たっすよ! あと追加の書類っす」  すたすたとこちらに歩み寄りつつ言うフィリスにぼやくように言えば、にこやかな笑顔で言葉が返って来た。どさり、とまた大量の書類が執務机の上に積み上がる。減っては増えを繰り返す己の視線の先の書類の山を見ながら、ウートはまたその一番上の書類に手を伸ばそうとして。  ぱしりと、その手首をフィリスの手が掴んだ。「あと、もう一つ伝言です」と、彼はにっと笑って言った。 「そろそろ始まるんで、仕事を切り上げて向かって下さい、だそうです」  「結構真面目に、走らないと間に合いません」というフィリスに、僅かに目を瞠って机の上に置かれていたプリズムグラス時計に視線を向ける。同時に、ウートはがたりと音を立ててその場に立ち上がった。
/396ページ

最初のコメントを投稿しよう!