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どれほどにすごい魔法を使えたとしても、どんな時に、どのように使うかは全て魔法の使い手次第。自分の翼を治してくれたのもまた、彼女のその時の選択に過ぎなくて。自分はその選択に、救われたのだ。そのことを、彼女は随分と簡単に考えているようだけれど。
……ラミがいなければ、今の私は存在しないだろう。
自らの翼で羽ばたき、人間について知り、魔法を学んだ。自らの力で飛ぶことも出来なかった自分は、魔王城の外に出ることも許されなくて。そのまま生きていたならば、魔王城の外のことも、ましてや人間の世界のことなど何も知り得ることはなかった。
彼女がいなければ、今の自分はない。そう、断言できた。
『私はご覧の通り、どこからどう見ても魔物です。彼女ではない、白の魔法使いの誰かがあの時そこにいたとしても、そんな私を見て、その翼を治そうなんて思わなかったかもしれない。白の魔法使いだから、彼女を望んでいるのではないんです。彼女がそこにいて、偶然白の魔法を使えたから、今の私がいる。……そしてそれは、ただのきっかけに過ぎない』
ラミと過ごした十年の日々は、ウートにとってはかけがえのない時間だった。沢山の事を知る時間であった。けれど、それ以上に。
ウートが、ウートとして過ごせる唯一の時間だった。
思い、僅かに目を瞠る。意識していたわけではない。強いられていたわけでもない。けれど、彼女と過ごす時間は、ウートが知るどんな時間よりも穏やかに流れていて。魔王の子息であることを意識する必要のない空間で、やっと深く呼吸が出来たような、そんな気がしていて。
ふと、ウートは小さく笑っていた。
……フィリスが言っていたことが、今になって分かるな。
彼の傍にいるウートは、ウートである以前に魔王の子息であり、魔王で。そこにウートという個は存在しないように見えたと、彼は言っていた。そんなウートが、ラミの前でだけは違っていた、と。
……ラミにとっての私に、どれほどの価値があるかは分からない。彼女を家族のいる人間の世界から、引き離そうとする存在には違いないのだから。だが、それでも。
『私はもう、ラミがいなくては生きていけないと思うのです』
彼女以上に、自分が。
傍にいないと、生きていけないと思うのだ。
魔王としての自分は周囲に誰も寄せ付けずとも、堂々と玉座に腰掛けることが出来るだろう。しかし、ウートという個は違う。
ラミの存在しない世界では、いつかウートという個は、消えてしまうだろう。そんなことがふと、頭を過った。
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