825人が本棚に入れています
本棚に追加
/396ページ
ウートが目の前で起こっていることを理解するのに、それほど時間はいらなかった。
何となく分かってはいたのだ。こうなることは。
城の中庭で、こっそり飼っていたフローズンドラゴンの子供、ヴァルピュリスと遊んでいた時のこと。王城内の執務空間である建物、メティスの塔から一人の翼を持った魔物が飛んできたのだ。真っ直ぐに、そこで遊んでいたウートの元に向かって。
この魔物は確か、魔王である父の臣下の内の一人だったはず。名前は確か、アソプス。
実力主義の魔物の世界の中、争い事を好まない父の強さを疑う者の筆頭だと、誰かが言っているのを聞いたことがあった。彼のような者たちが今、派閥として臣下の中にも存在しているのだということも。
ヴァルピュリスが敵意も露わにウートの前に飛び出る。自分を守ろうとしているのであろうその小さな背中に、しかしアソプスは難なくヴァルピュリスをそのごつごつとした腕で払い除けた。
「ヴァル!」
ウートの叫び声が、王城の間にぽっかりと空いた中庭の中で響き渡る。ヴァルピュリスは地面に叩き付けられ、気を失ってしまったのか動かなくなった。
そちらに駆け寄ろうとしたウートを、堅い岩のような二つの腕が捕らえる。きっと睨むように見上げれば、アソプスはにやにやとした気味の悪い笑みを浮かべていて。
「この世界は、強者こそが王となる」
そう、ぼそりと呟いた。
同時に王族の居住空間である建物、ガビジャの塔の方が騒がしくなる。ヴァルピュリスと遊ぶために撒いていた、護衛や使用人たちだろう。
開け放たれていたガビジャの塔から、護衛や使用人たちが飛び出てくる時にはもう、ウートはアソプスの小脇に抱えられていた。
「貴様!ウート様をどうするつもりだ!」
ウートの専属の護衛、ソベクが、蛇系の魔物特有の威嚇音を出しながら言葉を発する。優しさゆえにウートが一人でいることを許したことが失敗であったと、その表情が語っていた。
アソプスは笑みを浮かべたまま、ふわりと飛び上がった。「簡単なことだ」と呟きながら。
「魔王エヘカトルに伝えろ。王子を無事に返して欲しければ、ソス山脈の最も高い頂まで一人で来いとな」
言い放つと同時に、アソプスの翼が大きく羽ばたいた。そのまま高く飛び上がって。
だんだん小さくなっていく王城を横目に、ウートはひそかに笑った。
やっと出られた、と。
最初のコメントを投稿しよう!