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「私は魔王となる身だ。一生、妃を娶らないというわけにはいかないと、理解していた。……だからせめて、お前が他の誰かを選び、私から離れていくまでは、傍にいようと思っていた」
「それしか、望めなかったんだ……」。
ウートの声が、首元でくぐもって聞こえてくる。「だから今は、嬉しくて、な。現実味がないんだ」と、困ったような声で笑っていて。
ラミは彼の胸に頬を寄せて、おずおずと、その腕を彼の背に回した。同じだと、そう伝わるように。
ウートの腕に少しだけ、力がこもった気がした。
「本当は、もっと後から言うべきことだと分かってはいた。まだ魔王となるための条件も満たしておらず、世界を繋ぐための条件すら分かっていない状態で言うべきではないと。けれど、無理だった。……少しでも早く、お前が、誰かに取られてしまう前に。そう、思ってしまったから」
「情けなくて、すまない」と、ウートは僅かに苦笑を漏らしていた。けれど、その気持ちが嬉しくて。ラミはゆっくりと、彼の腕の中で首を横に振った。「そんなこと、ないよ」と小さく呟きながら。
「ウートなら、絶対に大丈夫。魔王になって、条件を揃えて、世界を繋ぐことが出来る。そう、信じてるから」
有り得ないと思っていた、彼と共に有る未来を見せてくれた。彼ならばきっと、その言葉を現実にすることが出来る。そう、ラミは確信している。
「ありがとう」と、ウートがどこかほっとしたように、呟く声がした。
「ではまた五日後に。……今度こそ、良い報告が出来るようにしたいと思っている」
腕を解いたウートは、そう言ってふっと笑みを零す。そんな彼に笑い返して、ラミは一つ大きく頷いた。「楽しみにしてるね」と、応えながら。
一歩、二歩。たったそれだけの距離が、彼と自分を隔てる絶対的な壁。そしてそれが、自分と彼の想いまでも隔てていたのだ。
今までは。
「またね、ウート」
振り返り、自分の姿が消えるまで動こうとしない彼に、そう言って手を振った。くつりと笑ったウートは「ああ、また」と応えてくれる。
きっと、こうして彼と別れることも、なくなる。ずっと彼に寄り添える日が来る。
そのことがとても、嬉しくて。
彼の姿が木々によって遮られるその瞬間まで、ラミは何度も後ろを振り返り、手を振った。
次に彼と会えるはずの五日後が、いつも通り訪れることはないとも、知らぬまま。
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