事の起こり

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 もっとも、気性が荒くなったのは主に、魔法の力に免疫のないただの人間で。元々魔法使いだった者たちの意識にそれほどの変化はなかったという。見た目もまた同様に、ただの人間たちはその身体のほとんどが他の種類の動物に近くなったのに対し、魔法使いは部分的にその姿を変えたらしい。その姿の差は現代まで残っているが、気性という点では、ただ強い者を優先するという物に変わってきているようにウートには思えた。  だがしかし、二百年前までというのはどういうことだろう。誰もが知っていた記憶が、急に消えてなくなるはずもないというのに。  エヘカトルは書物保管庫の中を進むと、ウートからかなり離れた位置の本棚に向き合った。そこから、先ほどのウートと同じように、本を数冊ずつ取り除いていって。  「おいで」と、エヘカトルはウートを呼んだ。 「ほら、ここ。ここに、お前の知りたいことは全て書かれているはずだ。二百年前、第九代目の魔王、キシャールの治世。……この時代に、全てが変わってしまったのだから」  二百年前の魔王、キシャール。彼は元々、前魔王の臣下だった。前魔王の息女であるネルサスが魔王としての姿で生まれてきたため、代理として立った王が彼女の伴侶であるキシャールである。歴代の魔王においても、これは珍しいことではない。魔王としての姿で生まれる者は、男女比が同程度の割合であり、魔物の誰もがそれを理解している。そしてその場合は代理の魔王、つまり自らの伴侶の公務の際、必ず王妃が付き添うのだ。それは現代でも変わらない。  キシャールの治世において、当初は特別変わったこともなかった。十年を過ぎ、次期魔王となる子息が八歳を迎えた頃、それは現れたと書かれている。  初代魔王、オフィエルの弟、スカイラー。その子孫と名乗る、黒の魔法使いが。 「その魔法使いは、自らの先祖、スカイラーの行いが許せなかったんだ。彼の失敗は、黒の王の話と共に人間や魔法使いたちの間でも語り継がれ、黒の魔法使いたちは日々、肩身の狭い想いをしながら暮らしていたらしいから」  それもまたある種の迫害だったのだろう。その能力の高さも相まって、黒の魔法使いたちは幼い頃から白い目を向けられて生きてきたという。  だからこそ、スカイラーの失敗が、魔物の存在が許せなくなった。 「……だからだろうね。その黒の魔法使いは」  魔物達を、虐殺し始めた。
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