事の起こり

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 エヘカトルが口にしたのは、説明口調で書かれた、たった一文の文字の列。  けれどその内容は、あまりに受け入れ難いものだった。 「時の魔王、キシャールと、王妃のネルサスがその場に訪れた時には……何百という数の魔物が命を落としていたらしい。オフィエルの時代に魔法使いだった者たちは、その魔力によってスカイラーの魔法を抑え込み、部分的な変化に留まったのだろうとされている。そのため、魔力は消え失せ、魔物は生み出された当初から魔法が使えない。魔法使いの使う黒の魔法に、抵抗することが出来なかったんだ」  「ただ一人、王妃ネルサスを除いて」。  そう、エヘカトルは続けた。 「魔王の一族に生まれる、魔王としての姿を持つ者はね。オフィエルの直系の血筋なんだ。そしてオフィエルは、自ら魔物の姿を選んだ。スカイラーの手による失敗としての魔物ではなくて……初の、成功例として」  「どういうことか、分かるかな?」と訊ねられ、ウートは素直に首を横に振る。失敗例としての魔物ではなく、唯一の成功例としての魔物。他の魔物たちと、自分や目の前に立つエヘカトルとの差。  エヘカトルはすっと、その手を前に伸ばした。何もない空間へと。ウートはつられたように、その手に視線を送って。  次の瞬間、上を向いたエヘカトルの掌から上がったのは、小さな炎。  ぎょっと、ウートは目を瞠った。  それは、まるで。 「……赤の、魔法のようだ」  いつかラミに見せてもらった、赤の魔法。もちろん、彼女は赤の魔法使いというわけではないから、ランプに灯した火を自らの掌に移し、その火を大きくしたり小さくしたり、形を変えたりしてくれただけだけれど。  エヘカトルは何もない所から、炎を呼び出した。それは赤の魔法使いと呼ばれる、赤の魔法に愛された者のみが使える魔法で。  「それだけじゃないよ」と、エヘカトルはくすりと笑って手を握り、炎を消したかと思うと、その手をウートの方へと差し出してきた。 「手を出して。ウート」  エヘカトルの言葉に、不思議に思いながらも手を持ち上げる。エヘカトルは満足そうに頷き、そのウートの掌の上で、自らの手を開いた。  ころりと、何かが落ちてくる。 「これは……」  美しい、親指の先程度の大きさの、空色の石。いや、石というよりは。  ……原石か。  磨けば輝く、宝石の原型だった。
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