事の起こり

37/41
826人が本棚に入れています
本棚に追加
/396ページ
「初代魔王オフィエルは自らが魔物となる際、スカイラーの魔法研究を端々まで確認した。スカイラーの研究では、本来ならば姿形が変わることは求められていなかったけれど、他の魔物がそうである以上、オフィエル自身も王としてその姿を変えることを選んだんだ。でも、万が一魔物達に何かがあった場合に彼らを護れるように、黒の魔法を失うわけにはいかないからね。失敗作になるわけにはいかなかったんだ」  そうしてオフィエルだけが、スカイラーの魔法研究を成功させた。彼を彼として残したまま、少しだけ姿を変え、魔法を使える唯一の魔物に。  そしてその血は確実に受け継がれ、二百年前は王妃ネルサスがその継承者だった。 「虐殺を目の当たりにしたネルサスは、すぐさま黒の魔法使いを捕らえ、その命を奪った。他に、止める方法がなかったから。そして彼女は魔王キシャールと、別の黒の魔法使いを含めた魔法使いや、人間たちと話し合って、決めたんだ。……魔物の住む場所と、人間や魔法使いの住む場所の間に、壁を造ることを」  もう二度と、同じことが起こらぬように。  魔物の世界と人間の世界。その二つが、交わらぬように。  けれど。そう、文章は続いていた。  ネルサスは黒の魔法使いの言葉を忘れられなかった。黒の魔法使いもまた、迫害ゆえにそうなってしまったことを、なかったことにはできなかった。  だから、壁を二つ造ることにしたのだ。 「一つ目の壁は人間の訪れを避け、馴染みある魔法使いと情報交換や話し合いの場を持てるようにした。そして二つ目の壁はオフィエルの血筋の者だけを通し、魔物の訪れを拒んだ。……ある意味で、ネルサスは黒の魔法使いたちの逃げ場を、その間に作ったんだ」  他の人々を避け、魔物を拒む彼らの住処として。せめて平穏な暮らしが送れるように、そう願って。  「でもね」と、エヘカトルは呟いた。少しだけ、楽しそうな表情で。 「ネルサスはこんなことも言ったんだ。『狭間の空間だけでは、人は生き難い。自らを偽り、人間の世界に紛れるも良し。そちらの世界が行き辛いならば……』」  「お前たちのためだけに、世界を開こう、とね」。  指先で文字列をなぞりながら、エヘカトルはウートに微笑みかける。ウートはその言葉に、何とも複雑な心地になった。もちろん、世界を繋ぐ方法が見つかったことは、何よりも嬉しいのだけれど。  思ってしまうのだ。
/396ページ

最初のコメントを投稿しよう!