事の起こり

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 自らが治める世界の沢山の命を奪われておきながら。  どうして、他の黒の魔法使いたちを信用できるのか、と。  確かに迫害ゆえに起こってしまったことだとしても、他の黒の魔法使いたちも同じではないと言い切れるはずもなくて。それなのに。  気付けばそう口にしてしまっていたウートに、エヘカトルはきょんとんとした顔をしていて。ふっと、笑った。「ネルサスには、分かったんだよ」と言いながら。 「だって虐殺を行った黒の魔法使いはね、ずっと……魔物たちの前に姿を現した時から、ずっと」  「哀しそうに、泣いていたんだから」。  つらつらと書かれた文章の合間。記されていたのは、虐殺を行った黒の魔法使いの青年の姿だった。哀しそうに、苦しそうに、泣きながら魔物たちを殺していく姿はあまりに悲しくて。  だからこそ、ネルサスはその命を奪った。自分たちの治める世界で、自分たちの民である魔物を虐殺されたのだ。彼には必ず、何らかの罰を与えなければならなかったから。そして。  そうすることが、彼に対する唯一の救いだと、そう思ったから。  青年の姿を書いた最後の文章には、安心したように目を閉じる彼のこともまた、記されていた。 「ネルサスはとても優しい王妃様だったんだって。だから彼女はきっと、誰にも哀しい思いをして欲しくなかったんだろうね」  もう少し早くこの現状に気付けていたなら。ネルサスはそう言って、青年の遺体を前に涙を流したと書かれている。  それが、二百年前に起きた出来事。魔物の世界と、人間の世界を分断した理由。  ウートは静かに目を伏せ、その内容を噛み砕く。ラミのこともあり、なぜこのような壁をと何度も思って来たけれど。  過去を知った今では、ネルサスの判断を否定することは出来なかった。彼女なりの優しさの形なのだと、魔物たちを、黒の魔法使いたちを思ってのことなのだと、そう分かりすぎるほどに分かってしまったから。  「ウート」と、エヘカトルが名前を呼ぶ。ウートはゆっくりと顔を上げて、「はい」と静かに応えた。 「魔王として立つ以上、自らを中心に世界を見てはならないよ。この世界は魔物たちのものだ。魔物たちを生き易くすることが、お前の仕事だ。それを、忘れないようにね」  ふっと笑ったエヘカトルはそう言ってぽすりとウートの頭を撫でる。ウートはただエヘカトルの言葉を胸に、「はい」とまた一つ、応えた。
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