事の起こり

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「デイジーが待っているから、早く戻ろうか。夕食だ」  一通りの説明は済んだとばかりに、エヘカトルはそう言うと部屋を出ようとする。けれど。  「父上」と、ウートはその背中に声をかけた。もう一つ、気になることがあったものだから。  エヘカトルはこちらを振り向くと、「何だい?」と首を傾げていた。 「オフィエルの弟、スカイラーはその後どうなったのでしょうか?魔法の研究を失敗したからと言って、オフィエルが彼を罰するようなことはないような気がするのに……。オフィエルは魔王となり、スカイラーの子孫は迫害を受けるようになっている。それがどうしても、不思議に思えてしまって」  この大陸の全ての人々に慕われたオフィエルが、一度の大きな失敗とはいえ、スカイラーを見放すことはどうしても考えられなかった。オフィエルと共に魔物の姿となり、この世界で失敗を償ったというならば話も分かるのだけれど。彼の子孫の状況からすれば、それも考えられなくて。  エヘカトルはそのことか、というように小さく微笑むと、「逃げ出したんだよ」と、呟いた。 「オフィエルと同じように、スカイラーも優しい心根の青年だったから。兄の優しさと自分の罪に耐えきれなくて、オフィエルの元を去ったとされているんだ。その後の事は、誰も知らない。子孫とされる青年も、話を聞く前に亡くなっているわけだしね」  エヘカトルの言葉にウートはなるほどと一人納得した。兄の優しさと自分の罪。普通であればそこに、自分への非難の眼差しや、事を起こしたことに対する報復などを恐れて、ということもあるのだろうけれど。  スカイラーもまた、オフィエルと同じく、自分よりも他人を思いやれる人物だったのだろう。そうでなければ、本人からその心境を聞くことが出来たはずもないのに、そのような解釈で伝わるはずがないのだから。スカイラーが逃げ出した時に、彼ならばこう考えたのだろうと、そう皆が思ったからこうして伝わっているのだろうから。 「さあ、行こう。ウート」  話し終えたエヘカトルはそう言って今度こそ部屋を出た。ウートもまたそれに続き、廊下へと進んで。  「一ヶ月後」と、ふとエヘカトルが呟いた。 「一ヶ月後に戴冠式だ。それまでは公務は全て休んで良い。あの文章を全て理解して、魔王として恥ずかしくないようにしなさい」  静かに告げられた言葉に、ウートは息を呑み、そして頷いたのだった。
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