事の起こり

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 それからは予想以上に賑やかな日々が続いた。エヘカトルが臣下たちの前でウートの戴冠式の日程を告げたからである。二十歳にして魔王の座に着くのは今までの魔王たちの中でも初の事らしく、最年少の魔王として城の中も魔物の世界も、様々な意味で話題になっていた。  元々、あの壁に刻まれた文字は、保管庫の本を全て読み終えた後に、当代の魔王から助言を得て探し出すのが普通だったらしいからな。  もう少しだったとはいえ、読んでいない書物を残した状態で、しかも自力で探し出せたのもまた、ウートが初めてだったという。  ラミのおかげだなと、ウートは知らず微笑んでいた。  壁に刻まれていた文字も全て読み終わり、書物保管庫の中の、読み残していた書物も全て目を通して。ウートは今一人、自室でのんびりとくつろいでいた。  あの日からまだ五日しか経っていないが、エヘカトルの公務の手伝いも全て無しとなった以上、特にすることもないのである。ある意味では最後の休暇のようなものだろうと、ウート自身も理解はしていたけれど。  魔王となれば、それほど城を空けるわけにもいかないからな。  それでもなんとか時間は作るつもりではいるわけだが、なるべく早くに伝えなければと思っていた。誰よりも、彼女に。 「ウート様。今日も行くんですか?聖域に」  護衛として控えていたフィリスが、不思議そうな口調でそう訊ねてくる。聖域に行く理由を、書物保管庫での探し物の息抜きだと言っていたから、仕方がないことかもしれない。もう探し物は見つかったのだから。  さて何と応えようかと少し頭を巡らせて、「少し、落ち着いて休息を取りたいからな」と言えば、フィリスは納得したようで。「確かに、今騒がしいもんなー」とぼやくように呟いていた。 「……昼食をとったら、すぐに向かおうと思っている」  そして彼女に伝えるのだ。見つけてくれ、と。  人間の世界に住む、黒の魔法使いを。  フィリスが「了解でーす」と、あくび交じりに言うのを聞きながら、ウートはその視線を窓の向こうへと向けた。その先にあるのは、彼女の住む人間の国。イニャン王国。 「……一人で良い。頼むから……」  生きて、存在していてくれ。  元々、黒の魔法使いの数が少ないということは、文章からも理解できたけれど。これだけは、ただ祈ることしか出来なかったから。  ウートは僅かに目を閉じて、まだ見ぬ誰かの存在を、願った。
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