魔王の日々

2/42
826人が本棚に入れています
本棚に追加
/396ページ
 フィリスは今、魔物の世界の北の端に来ていた。もうじき冬を迎えるため、薪や食料などの蓄えは十分に足りているかどうか、確認して回っているのである。もはや自分が役人なのか護衛なのか分からないと、フィリスは内心で笑った。 「毎年ご苦労様です、フィリス様」 「ん?いーや。息抜きに丁度良いよ。冬に入る前の今は気候も丁度良いしね。完全に冬になったら、俺、冬眠しちゃうし」  「変温動物だからねー」と冗談交じりに言えば、フィリスに声をかけてきた役人もまた小さく笑っていた。「爬虫類系の方は大変ですね」と言う彼は、どこから見ても二足歩行の狸である。制服を着た狸、と言った方が正しいが。 「ここから南下して行く方だから、寒さはそれほど変わらないし。冬になったら城から出なくなるけど、ウート様は強いから。俺がいなくても大丈夫だしね」  「と、間違えた。魔王陛下、だったね」と、フィリスは笑って訂正する。フィリスの仕える、唯一にして絶対の存在。  役人もまた笑いながら、「フィリス様の存在は、陛下の助けになっていると思いますよ」と呟いていた。 「魔王として立たれてもう五年にもなるのに、陛下はフィリス様以外は傍に置きたがらないという話ですし。……もっとも、フィリス様でさえ年中こうして飛び回っておられる。魔王史上もっとも美しく、聡明でありながら……もっとも孤独な方だ」  役人が僅かに俯き、そう淋しそうな声で呟いた。愛されてるなぁと、フィリスは知らず笑った。  フィリスの主であるウートが魔王として立って、もう五年もの月日が流れていた。出会った頃から歳を重ねるごとに艶やかさを増す美貌の青年は、二十五の歳を迎えた今でも、誰かを選ぶつもりはないようで。こうして辺境の村に来ても絶対に訊ねられるのだ。『陛下にお相手は出来たのか』と。  先代の魔王、エヘカトル様は確かに遅くにデイジー様を迎えられたけど、出会ったのは二十歳前後だったよなぁ。確か。  妃として迎えるのが遅くなった理由は、エヘカトル自身が魔王となるのが遅かったのと、デイジーが田舎育ちだったため、彼女の意志で王妃として相応しい教養を身に付けるまではと断られたかららしい。だからこそ誰も心配はしていなかったのだが。  ウート様はなぁ。……誰にも目を向けないし。  どれだけ美しい女性を見ても、知識や教養のある女性を見ても、まるで興味がないというように。
/396ページ

最初のコメントを投稿しよう!