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「そういえば、フィリス様。先日、この村の住民が見つけたのですが……」
ふと思い出したように役人が口を開く。彼はソス山脈の方角を指差しながら、村人が発見したという物について説明していて。
ふむと、フィリスは口元に手を当てた。
「何かに活用できそうだな。って言っても、俺からじゃあ何も言えないんだけど。陛下に伝えてみるよ。どのみち、今年中には何とも出来ないと思うけどな」
「ええ、もちろんです。もうひと月もすれば雪も降り始めるでしょうし。偶然見つけただけなので、今すぐ何かしなければということでもありません。何かお役に立てるならばと陛下にはお伝えください」
ぺこり、と頭を下げる役人に頷き、「それじゃあ、後は頼むなー」と言ってへらりと笑って見せる。役人もまたふわりと笑って、「お気をつけて」と呟いた。
踵を返して、フィリスは待機していた翼のある馬、ペガサスの背に乗る。馬車を使えと皆から言われているが、たった一人の旅である。直接乗った方が速く、経費も掛からないから。
さて、次の村は……。
乗っているペガサスの鼻面を目的地の方角へと向けて、フィリスはぴしりと一つ、鞭を打った。
「つっかれたぁー」
魔王城に到着すると同時に、フィリスは大きな声を上げた。一昨日の早朝にこの城を出て、帰って来たのは周囲がうす暗くなり始めた頃。休みなく担当の村を見て回っていたため、正直な話、くたくたである。
「これなら暗殺してた方がまだ楽だったっての」と、フィリスは苦笑い交じりにぼそりと呟いた。
「ウート様、ただいま戻りました」
戻ってきてすぐに、フィリスは自らの主の元へと報告に向かった。村ごとに書き留めた報告書は、ここに来るまでに偶然擦れ違った担当の者に渡しておいたので、そちらへの報告はいらないだろう。執務室をノックして、静かに返事を待つ。が。
「……ウート様?」
いつまで経っても返事はなくて。ああ、と思った。
今日は月に一度のお休みの日か。
魔王城で働き詰めのウートに唯一許された休みの日。彼はおそらく、いつもの場所に行っているのだろう。魔王となる前と、変わらずに。
「じゃあ、もうすぐ戻ってこられるな」
先に食事でもするかぁ。
思い、フィリスは一つ、伸びをした。
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