18人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
序
雨の匂いに、青く甘い匂いがまじった気がした。
さっと立ち上がった時、さあさあと雨が降る音が耳奥に忍び込むように聞こえてきた。
締め切っていた障子を開けると、窓いっぱいが青黒い。
塗り込められた窓の向こうが、一瞬だけぬらりと室内の電灯を反射するように光った。
重い窓を開けた。
ざああっと激しい音がして、目の前にある何かがものすごいスピードで動いた。
風圧と水しぶきが室内になだれこんだけれど、構わずに身を乗り出した。
「龍琉(たつる)」
声が弾んだ。
それに応えるようにして、目の前が急に開けた。
冷たい夜気がさあっとなだれこむ。
空から無限に降り続く小さな雨粒は、まるで謳うように周りを満たす。
白くけぶるほどに降りしきる雨。
その間を縫うように目をこらした。
「風邪をひくよ、水華(みずか)」
不思議と辺りに響き渡る声がした。
心配だと言わんばかりの言葉。
その端に喜びが滲んだ気がして、胸の奥が震えた。
「龍琉があたためてくれるんじゃないの?」
両腕を窓の外に差し伸べた。
雪のように白く細くなった腕を雨粒が叩いて、しとどに濡らす。
少し火照った素肌の体温を雨が少しずつ奪っていく。それが今は気持ちいい。
最初のコメントを投稿しよう!