第1章

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 神は言った。平等だと。神への信仰を忘れぬ限り神は平等に手を差し伸べるものだと。  桐谷静はそれを母から聞いた。寝物語として、隣に寄り添いながら柔らかい声色で語ったのを桐谷はよく覚えている。  母が事故死して今、桐谷は神を捨てた。いくら祈っても母は救われなかったのだ。結局全ては運でしかない。運を左右するのは神ではない。神はただ、人に“信じられている”というだけの存在だ。信仰の的、はけ口とでも言えば分かりやすい。どうしようもないから神に祈るだけだ。己の無力さを緩和するため、自分の心の為に。  桐谷はその日、母の七回忌の法要を終え、外の空気を吸っていた。母の手の平を思い出して久々に感傷的な気分になっていたのだ。父と食事に行くつもりだったが食欲もすっかり失せてしまっていた。  外は小雨が降った後で、秋口には寒過ぎるくらいだった。桐谷の母はとにかく暖かくて元気な人だったので、この空模様で母を思い出すのも変な気分だと桐谷は思った。  「きりや、しず」  桐谷は声を聞いた。不快なほど掠れていた。桐谷は聞こえなかった振りをして父の下へ戻ろうとする。  「しず」  また聞こえた。周囲に人気は無い。法要は自分と父しか出席者が居ない。例え寺の者が“静”の名を知っても呼び捨てるとは思えなかった。  桐谷は不審にならないよう少しだけ首を回して周りを見てみたがやはり人は居らず、風の音を勘違いしたのだろうと決めた。  「むしか」  今度ははっきり聞こえた。虫か。桐谷は首を傾げた。  「虫?」  「む、し」  「む……無視?」  「そうだ」  声は耳に纏わりつく感じで気分が悪かった。桐谷は何かの声を振り払おうと顔の周りで手を振った。蚊を追い払うのと同じ仕草だ。  「しず」  「しずじゃない。静」  「静」  「ふざけて変な発音するの止めて。どこにいるの?」  声は、壊れた玩具のように外れた音程で物を言うので桐谷は苛ついていた。  「なんだ! 見えないのかお前は」  「はぁ?」  「あーそうかぁ。アンタ、声だけしか聞こえんっつうわけか」  流暢に喋り出したのにも驚いたが、喋り方が亡くなった祖父に似ていたので更に驚いた。桐谷は前に視線を置いたまま怒ったように眉間に皺を寄せていた。  「俺はなぁ、神。お前の母さんは俺の事をよーくよく見上げてニコニコしとったもんだが、実は見えちゃいなかったんかなぁ」  「は? キモッ」
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