第1章

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 「しかし人が少ないなぁ。豆電球の方が多いんじゃないかね」  全くだ。桐谷は気付かれないようさりげなく頷いた。  そういえばクリスマスも元々は宗教的なものだったはずだ。桐谷は思い出して、しかし何の関係も無いと思い直した。桐谷に憑いている神は、こうして大勢に祀られたり有難がられる存在でないのは確かだった。以前、気になって聞いたのだ。  『何の神なの?』『桐谷の神だよ。知らんのかいアンタは何も』  知らない。桐谷家が神仏に馴染み深いだとかいうのも聞いたことが無い。結局小馬鹿にされるばかりで詳しいことは分からなかった。多分、彼も知らないのだ。  桐谷は馴染みの八百屋の店頭で野菜を見ていた。白菜の値段が気になる。先週来た時はもう少し安かった気がするのだ。「こぉんな高かったっけなぁ?」ひょうきんな呟きが耳を通る。桐谷は同意したい気持ちをぐっと堪えて脳内で食費の計算をした。  ふと踵に痛みが走る。  「痛っ」  桐谷が反射的に振り向くと、自転車と人が倒れてきた。どうやら自転車は桐谷の踵を轢いてバランスを崩したらしい。  運転手の中年女性と自転車の下敷きになって桐谷はもがいた。スポークの隙間に足を挟んでしまい身動きが取れない。踵も擦り切れて痛かった。  「あらぁ! 大丈夫か静。ちょっと、誰か助けんのかね全く」  桐谷は神の無責任な台詞を聞いた。何の為の神なんだと思ってしまった。  中年女性は足を捻ったのか立ち上がろうとしない。桐谷を見るや強気になって怒鳴り始めた。  「何をぼっとしてたんだかねこの子は! ちょっと! 誰か起こすの手伝ってちょうだい。若いんだからさっと避けりゃいいのに馬鹿だね本当に!」  「あん? 何言ってんだこんのババアは。お前がぶつかったんだろが! 謝れ!」  「止めてよ。私に怒らないでってば……」  神の声は他の人には聞こえないのだ。桐谷はうるさくて言い返してしまったが、中年女性は自分に言われたと思ったらしく更に怒りを募らせた。  「私は被害者なんだよ! こんなとこ突っ立ってて通行の邪魔ってのが分からないのかね!? 立てないわ。骨が折れたかも! あーあ! ちょっと誰か救急車呼んでくれない!?」  「うるっせぇババアだな。静、こういう時に神頼みだぞ。ほれほれ!」  「そんなんするわけない……」  しまった。桐谷が口を噤んだときには遅い。中年女性は小さな鼻を目一杯膨らませて唾を飛ばした。
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