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しばらく田舎道を進んでいく。天気が良く、桐谷はたまらず眠りに落ちてしまった。目の端に、枯れた枝がいつまでも残っていた。
車の激しい揺れで意識が上って来た。今は山を登っているようだ。がたがたと頭を揺らされる不快さに耐えていると誰かの言葉が耳を刺激した。
「寝たら後悔するぞ」
父か、自称神か、分からなかったが、おかげで目が冴えた。元より眠れるような状況でも無かったのだが。
桐谷がただ木々を眺めていると車がスピードを落として止まった。道の脇に木造の公衆便所がある。こんなところで用を足す気にもなれない。桐谷は父を見た。父は、桐谷を見なかった。
「静」
また、誰の声か判別がつかなかった。車は公衆便所の隣のスペースに後ろ向きに入っていく。桐谷は何故か不安になった。
「父さん?」
「ごめん」
突然こんなところで車を停めてごめん。そんな意味だと思った。しかし、車はそのまま、スピードを上げて木々の中に突っ込んだ。その先に道はない。がくんと浮遊感が訪れ、桐谷は背筋が寒くなる。後はただ落ちるだけだった。
桐谷は恐怖を感じた。悲鳴も出ない。がさがさと葉を擦る音が耳障りで仕方なかった。そんな中場違いな怒鳴り声がした。
「静! 急げや、死ぬぞっ!」
桐谷は咄嗟に両手を伸ばした。後ろから落ちていく恐怖から逃れるように、登るように、救いを求めるように。
桐谷は神に助けを求めなかった。縋ったのは、いつもそこに居た見知らぬ声であり、うるさいばかりの爺さんだった。祖父によく似た喋り方をする、お節介な人だった。
伸ばした指先が、触れる。
桐谷が居たのは車の外だった。無我夢中で伸ばした左手が木の枝を掴んでいて、体は、枯葉の地面に寝そべっていた。どうやって掴んだのか分からない。右手はぶら下がって動かなかった。
勾配が急で足下が落ち着かない。息を整えながら、両足で足場を探る。左腕が辛い。視線を巡らせると、下の方に太い木の幹が見えた。ほとんど何も考えず左手を離す。
滑り落ちて、幹に尻が当たった。そこで腰を落ち着ける。安心して辺りを観察してみるも、木しか見えない。湿った土の臭いが鼻についている。
桐谷は、腰掛けた幹の側面が抉れたようになっているのに気付いた。同じような木がいくつか見える。
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