第1章

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 辿っていくと、何かの塊が見えた。それが何かあまり考えたくなかった。このまま意識を失くしてしまえば、全て夢だったように思えるからだ。桐谷は、一人、長い時間を掛けて下へ下へ降りて行った。 ***  父の見舞いに行くと、桐谷はいつも同じことを言った。  「私を助けてくれたのは、お母さんなの」  これは父の気持ちを和らげるためのものであり、自分の気を落ち着かせる為でもあった。そして一つの結論でもあった。  思い詰めてしまった父に気付けなかったのを桐谷は後悔していた。互いに口数が少ないからと、そういうものだと決めつけてしまっていた。父には、桐谷が切羽詰った様子に見えていたという。父の勘違いだと思いたい。  桐谷にはもう、神の声は聞こえない。そうして居なくなってから桐谷は、あれが母だったのかもしれないと思い始めていた。  神様を信じていた母がいつか生み出したもので、母は自分が居なくなっても桐谷静を守るようにと神に祈った。きっと、そうだ。  静、と呼ぶしわがれた声が聞こえない。それがほんの少しだけ惜しい。
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