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彼女は美しい人でした。イイエ、見た目が特段美しいわけではないのです。むしろ短い髪と小麦色の肌が健康さを感じさせる、可愛らしい顔立ちをしていました。彼女の美とは、内側に流れる思考の血潮です。心より溢れ指先に至るまで彼女に満ちたその思想が、私には何より尊いものでした。
私が彼女に出会ったのはもう十年も前のことです。まだランドセルを背負っていた頃。私のお友達の一人が彼女を紹介してくれたことがきっかけだったと思います。「はじめまして」「仲良くしてね」などと、陳腐な挨拶を交わして、もしかしたら世間話くらいはしたかもしれません。ごめんなさい、当時のことはよく覚えていないのです。兎も角その時の私は彼女をただのお友達としか見ていなかったのですから。
ところで、昔の私はとても傲慢な娘でした。教室の誰よりもたくさんの本を読んでいて、勉強も、算数は苦手でしたがそれでもかなり出来るほうでした。朝に読書をする時間、皆が児童書を開くなかで一人『カラマーゾフの兄弟』なんて読んでみせて、得意になっているような子供でした。そういうった子供にはよくあることでしょう。私は周りのお友達を無意識に、イイエ幾らか意識的に、見下していました。そして彼らを無知な子供だと思い、同じ程度に話が出来ないと思い込んでいたのです。
ですから彼女も周りのお友達と同じ、教室と家庭、小さな世界で与えられたものしか知らない存在だと考えていました。けれどある日彼女が私の持っている本を見て「それ、面白い?」と尋ねてきたのです。放課後の図書室だったとはっきり覚えています。私は面白い、と答えました。彼女が内容を教えてほしいと言うので本ごと手渡しました。経験から知っていたのです、興味を持って話しかけてくれても私が読んでる本を見ると皆眉をしかめて突き返してくると。それはいつでも私に優越を与え、同時に悲しみをもたらす瞬間でした。けれど彼女は最初の頁と裏表紙に載せられたあらすじを眺め「ねえこれ、次に私が借りていい?」と言ったのです。
「本が好きなの?」私は聞きました。
「ううん、でもこれは好きだと思うな。だって同級生で貴方以外読んでる人いなさそうだし」続けて彼女が言った言葉はこうです。
「私、人と同じでいたくないから」
人と同じでいたくない! なんて美しい言葉。私もうすっかり興奮してしまって、持っていた本をそのまま彼女に渡しました。
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