湖に星と沈む

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 話しかけてきた彼は、ここでしか会わない、名前も知らない、そして人間ですらない、私の友人だった。  人の姿をして人の言葉を話すけれど、彼は人間ではない、と言うのは、初めて出会ったその日に彼から聞いた。  彼はこの湖の一部なのだという。長く存在しているうちに不思議な力を持つようになり、今ではこうして湖の周りを動き回ることもできるのだが、その姿が見える人間はごく稀なのだそうだ。  そしてもう一つ、彼は特別な力を持っていた。  「今日はどうしたの? 仕事でミスでもした?」  少し離れて隣に座った彼の言葉に、私は心の中で返事をする。  何でもないけど、何となく、ここに来たくなったの。  すると、彼は微笑んだ。  「そっか。そしたら存分に、星を眺めて行ったら良いよ」  その言葉に、私は心が温かくなるのを感じた。  私はここに居る間、何一つ言葉を喋らない。  もともと口数が少なく、表情の乏しい人間であることは確かだが、それが理由ではない。  彼には人の心が読めた。だから私が黙っていても、何かを思えばそれで彼にはすべてが通じた。逆に、私には彼の心が読めないことが分かっているから、彼は私にはきちんと言葉を返してくれる。  彼の声は聞いていて心地良い。夜に溶けていく優しい声だ。  話すのが苦手な私でも、彼との会話は苦にならなかった。表に出ない細かな感情も、彼は丁寧に拾い上げてくれた。
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