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お姉さまは蹴りで乱れた死体を動かして、布の中央で横たわるように調整した。これから小太郎の蘇りの儀式が始まるのだろうか。本当にそんなことができるのだろうか。私は見守ることしかできない。
お姉さまは布の前に正座した。目を閉じ、胸の前で手を合わせた。口を開いた。お姉さまの柔らかい声ではなかった。つぶれた蛙の鳴き声のような音がした。清らかな川の流れに、お姉さまの口から発せられる気味の悪い音がぬるぬると絡みつく。ねちょねちょと混じり合う。
これが儀式なのか。何かが起ころうとしていることは感じられる。しかし、私は出て行くことも、お姉さまを止めることもできない。
どれぐらい経ったのか。男の身体から黒い泡が出てきた。水が沸騰していくように、初めは小さな泡がぷくぷくと現れては表面ではじけて消えた。時間が経つにつれ、泡は大きくなり、その頻度が増していく。男の身体が漆黒の泡だらけになる。全身泡まみれになる。泡だけになった。そして、泡の発生と消滅が止まる。
お姉さまの声が止まった。お風呂の栓を抜いたように、黒泡が布の中央、その上に置かれている本に吸い込まれていく。泡はあっという間になくなって、本の表紙の上でぶくぶくと泡立ち続けている。
暗黒の泡から何かが産まれた。それは犬の形になった。犬の形をしているが、黒い。すべてが黒い。目も鼻も口も何もかもが漆黒に塗りつぶされている。犬の形をした何かであって、決して犬ではない。だが、お姉さまは感極まった声で、小太郎の名前を何度も呼び、それに抱きついて涙を流していた。犬の形をした何かをなで回している。
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