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登場人物はたった二人。私と、佳奈美だけ。あとはモブ子とモブ夫にモブ美モブ朗。私たち以外は、誰が何処にいたって、そう変わらない。
いや、佳奈美にとってはだ。佳奈美にとっては、私だってもしかしたら、モブ乃なのかもしれない。そうじゃないって、信じたいだけで。
始まりは中学一年生の、六月の、梅雨の時期。
湿気で髪の毛がうまくまとまらない、曇り空の連日に嫌気がさしていて、アジサイが目の端に映ったって憂鬱だった私を慰めてくれたのは、風鈴みたいな、透き通った声だった。
授業をほとんど聞かずに雨が降る外を睨んでいた私を教室に戻した声の主は、柳佳奈美という、物静かで、いつも一人でいるような子だった。よく本を読んでいて、そのせいで長い髪が顔を隠して、どんな顔なのか、はっきり見たことはそれまでなかった。その時初めて見た彼女の顔は、まるで人形みたいだと思ったものだ。
それまで名前しか知らなかったただクラスメイトに、たった一回の音読で興味を持った。
「柳佳奈美さん、で、あってる?」
その日の昼休みに、さっそく声をかけた。給食が終わって、本を読まれる前にすぐに席まで行った。
「うん」
「私は鈴野みすず。よろしく」
「うん」
「本、好きなの?」
「うん」
「どんなの読んでるの?」
「なんでも」
「今は?何読んでるの?」
「これと、これと、これ。さっき読み終ったのは、これ」
「四冊も持ってきてるんだ」
「二冊は図書室の。返却するから」
「そっか。でも、たくさん読んでるんだね」
「好き、だから」
そのあとも少し話をしたけど、流石に全部は覚えてない。持っていた本の話もしたけど、その本のタイトルがなんだったかも、思い出せない。素っ気なくされたり、最悪無視されたりするかもしれないと思っていたから、会話が続いたことに感動したせいだ。
話が弾んだことに調子に乗った私は、あることを思いついた。
「柳さんは、何か部活入ってる?」
「入ってない」
「入る予定とかは?」
「特には」
「なら、合唱部に入らない?」
表情は変わらなかったけど、沈黙した時の佳奈美は、驚いていたのかもしれない。
私は私で踏み込み過ぎたと焦ったけど、そもそも話しかけた時からダメ元なわけだからと、断られることを覚悟した。断られても、会話ができる人だってわかったから、またこうやって話しかければいいわけだしと、すでに自分を慰め始めていた。
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