あの頃のこと

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 ああ、佳奈美を最大限に輝かせるのは舞台だ。外は悪天候で、雷が何処かに落ちたのと同時に、私の脳内でも稲妻が走った。これしかないと思った。  今だからバカだと思うけど、あの頃は必死に演劇部が盛んな高校を探した。全国大会の強豪校を探して、二人でそこに行こうと佳奈美に言った。かなり興奮していた。自分のことしか考えていなかった。だから呆れられたりするのは冷静になれば恥ずかしいくらいわかるのだけど、佳奈美がどうしてあんなに大笑いしたのかはわからない。あんなに苦しそうに笑った佳奈美は、後にも先にもあの時だけだった。ただ、声を堪えながら涙を浮かべているその姿は、なんだか佳奈美らしいと思えたんだ。  私たちは危なげなく演劇部強豪校に入って、迷わず演劇部に入る。私は裏方、佳奈美はもちろん役者だ。といっても、全員発声練習や基礎体力作りはするし、演技だって全員やらされる。その中で舞台に立てる人は多くはない。主役に選ばれるのはかなり大変そうだった。私は早いうちから脚本の方に興味を持ってそっちの手伝いをするようになったから逃れられた。佳奈美はというと、一年のうちは役をもらえるだけで嬉しそうだった。  一つ言っておきたいのは、演劇部に入ることも、役者をやることも、私は強要していない。もちろん役者をやってほしかったけど、高校を一緒の所にしてもらったから、そこまで無理強いはしたくなかった。だから正直、役者は無理かなって、ちょっと思ってた。  だけど佳奈美は化けた。一年生で急に主役に、ということはないけど、どんな役でも一生懸命だった。演じられれば何でもいい。なんでも楽しい。そういう目をしていた。かなりのめり込んで、二年になった時には、素人目から見ても一人だけ格が違った。先輩たちが主役を譲ることを悔やまなくなるくらいに。当の本人は舞台に立てる時間が増えたことには喜んでいたけど、だからといって気負うことも怠けることもなく、真剣に取り組んでいた。元から物語が好きだった佳奈美は、物語の中に入れる演劇、演技というものにとり憑かれたみたいだった。
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