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高校二年の夏の初め、学校の帰り道で夕立にあい、慌てることなくその場に立ち尽くして、雨を感じている佳奈美は、なんだか違う人みたいで、息を飲んだ私も、一緒になってずぶ濡れになった。
「これが、雨を浴びる。悲しい時だったら、嬉しい時だったら、怒ってる時だったら虚しかったら、どんな気持ちになるんだろう」
そう言って、泣いたり笑ったり怒ったり立ち尽くしたりを繰り返して、雨が上がった時に見た夕焼けは、世界を輝かせていたみたいだった。
私はその世界を、もう一度見たいと思った。あの世界にいるのが佳奈美なら、それを見るのは、作るのは、私でないといけない。そんなことを妄信的に考えて形にしたのが、初めて脚本を担当させてもらえたものになった。
私の作った世界で佳奈美が生きるのを初めて見た時の感動は、今でも忘れない。
ただ、もしも私が人生をやり直せるなら、佳奈美を演劇部には入れないかもしれない。入れたとしても、私は脚本を書くことはしないだろう。
私たちが三年になって、最後のコンクールで佳奈美に声がかかった。私は知らなかったけど、かなり有名な劇団の人で、聞けば映画やドラマに出ている役者さんも何人かいるという。
他の人たちはおめでとうと言っていたけど、私は素直に喜んであげられなかった。
嫉妬じゃない。私はだって、役者志望じゃないし。私は怖かったんだ。何かが。
このまま役者の道に進むと、佳奈美は佳奈美じゃなくなってしまうんじゃないか。いや、そうじゃない。もっと別の、言い知れないもやもやしたものが私の胸の中に渦巻いていた。
だけど、佳奈美の望んでいる道で、今考えられる最高の選択肢だと私も思うから、私は何も言えずにいた。
ばれないと思った。だけど、佳奈美は私が思う以上に、私のことを見ていた。
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