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私の推薦が決まって、十一月に人よりも少し早めに受験から抜け出せた。開放感のままに、久しぶりに部活に顔を出したら、佳奈美がいた。正直、気まずかった。クラスは違うし、最近は受験を理由にあまり会っていなかったから。
自分でも意外だったけど、わりと普通に接することができていた。というか自分自身どの面下げてるんだろうと思うくらい普通だった。
なのに帰り道で二人になった時、佳奈美は私の袖を掴んだんだ。
「みすずは、喜んでくれないの?」
「そんなことは、ないけど」
「演じることの楽しさを教えてくれたのは、みすずだよ?」
「それは違う。私はみすずの声が好きだから、それが最大限生きる場所で、その声を聞いてみたかっただけ」
「それでも、みすずがいなかったら、演劇部には入ってない」
「それは、そうかもだけど」
顔をそらして、言葉を探そうとしたけれど、私の顔は、そっと正面を向かされる。
私の頬に触れた手は冷たくて、注がれる視線は熱かった。
「私が遠くに行っちゃいそうで、寂しいの?」
そう言った佳奈美は、ちょっと照れ臭そうだった。曇りが続いていたのに、その日だけはよく晴れて、夕日が綺麗に世界を染め上げていた。照らされた儚げ顔を、私は今でも覚えている。
今掴まないと、消えてしまいそうだったんだ。
「寂しい」
だからそんなことを言ってしまったし、だから、思い違いをしてしまったんだ。私は佳奈美と離れるのが寂しいだけなんだって。
目の前にあったそれっぽい答えに、安心してしまった。
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