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序
花と同時に葉の出て来る桜は『山桜』というんだ。
そう教えてくれたのは祖父だった。
あれは一体いつのことだっただろう?
池のほとりに咲く満開の山桜の木のごつごつとした幹は、祖父の節くれだった無骨な指を思い出させ、そっと手を伸ばし触れてみる。
見上げる木とよく似た響きの名前を持つ少年は、時折ひらひらと舞ってくる花びらの行方を目で追い、堂々巡りの回想に目を閉じた。
どうせそれがいつのことか思い出せたとしても、その日に帰ることもその言葉の続きを聞くことも、今更できはしない。
少年にとって最後の肉親だった祖父……桜木一は、4カ月ほど前の冬の日に、少年を一人残して逝ってしまったのだから。
その後一人残された少年は、それまで会ったことすらなかった遠縁の家に引き取られることになった。
祖父と二人だけの生活を長く送ってきた少年は、それまでとはまったく違う環境の中で生きていくことになった訳だが、そこには戸惑いしかなかった。
無理もない。
突然に両親と姉と兄、弟……そして偶然にも自分と同性同い年の少年から構成された6人家族の一員になったのだから。
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